ちあきのあったかコミュニケーション

やかたちあきのブログ
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こんにちは。やかたちあきです。


ニューヨークタイムズ社のボストンコムに掲載されている
東日本大震災の写真です。(英語です)

ボストンコムのページ


このページを、ギガジンが和訳しています。

ギガジンのページ




私たちの祈り、世界中の祈りが、
犠牲となってしまった方々、残された方々に届きますように。


大船渡のフィッシャーマンの指輪も、どうか見つかりますように。




こんにちは。やかたちあきです。

今日はクリスマスイブ。
みなさんはどんなクリスマスを過ごしていますか?
私は家族と、大切な人と、幸せな時間を過ごしています。


さて、先日 到知出版社のメルマガに素敵なお話を見つけたので、
皆さんにもぜひ読んでいただきたいと思い、ご紹介します。

到知出版社編集部の小森さんも、
このお話を、皆さんにご紹介することを喜んでくださっていました。


山森さんと、到知出版社小森さんと、私からの
クリスマスプレゼント、受け取って下さい。


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「昭和最後のクリスマスイブ」
      
      
山村洋子
(研修プロジェクト「Tea Time Network」主宰)
http://www.chichi.co.jp/essay/yamamura/

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「わかりました。やめさせていただきます」

一礼して、そのまま自分の引き出しから
わずかな荷物を紙袋に詰めて、私は部屋を出ました。
一瞬めまいがしたように思いました。

「いったい何が起きたのだろうか」

私は、失業したようでした。


(中略)


家に帰ろうと思い、愛用の赤い自転車のハンドルに
手をかけましたが、さすがにその日は
自転車を漕ぐ元気はありませんでした。

そのまま自転車を引いて、トボトボといつも通る
繁華街の女子大小路を抜けていきました。

女子大小路は妙ににぎわっていました。

それもそのはず、その日は12月24日、
クリスマスイブだったのです。
仕事に追われ、クリスマスが来ていることも忘れていました。

「今日はイブか…。それにしても
とんでもないプレゼントをもらってしまった…」

そんなことを思いながら、アパートにたどりつき、扉を開けたとき、
突然現実の重みが私にのしかかってきました。

これからどうやって暮らしていけばいいのか。

そう思うと全身が震え、私は思わず
床にうずくまってしまいました。

『赤い自転車に乗って』より抜粋



床にうずくまったまま、私はしばらく途方に暮れていましたが、
急にからだの力が抜けたのか、
それとも今までの疲れが一気に出たのか、
そのままソファにもたれて、うたた寝をしてしまったようでした。


どれほどの時間が経ったのでしょう。


電話のベルがしきりに鳴っているのに気がつきました。

今頃、誰だろう…。


時計の針は夜の10時半をさしています。
おもむろに受話器をとると

「もしもし、山村さん?」と明るい声が聞こえてきました。
「はあ…」と気のない返事をすると
「私、管理人の今井です」と返ってきました。

「さっき帰って来られた時、後ろ姿を見ましたが、
 何だか元気がなかったみたいで…。
 大丈夫ですか?」

「あっ。ええ…。ご心配かけてすみません」

「私、きょうは当直なので、さきほど
 遅い夕食をとりに近くの寿司屋へ行きました。

 山村さんいつも帰宅が遅くて食事の用意
 たいへんだろうと思って、帰りに巻き寿司を買ってきましたよ。
 ビニール袋に入れて今、玄関のドアに引っ掛けておきましたので、
 よかったらそれを食べて下さい」

何ということでしょう。
まだこのアパートに入居して2ヶ月も経っていないというのに、
そっと人の動きを見守りながら、黙って気遣って下さる管理人さん。

「あ、ありがとうございます。食事まだでしたので助かります。
 ほんとにすみません。ありがとうございます」

恐縮して何度も礼を言うと

「何か困ったことがあったら相談して下さい。
 山村さんは私と同じ岐阜県の人だから
 いつでも協力しますよ。では…」
 
と言って、静かに電話が切れました。
どこか素朴な感じのする年輩の管理人さんです。

玄関に行ってドアを開けると、
取っ手のところに不透明のビニール袋が掛かっていました。

おや…。巻き寿司にしては少し重いようです。

私はビニール袋をそっと抱えて
小さなテーブルの上に置きました。

折に入った巻き寿司を取り出しましたが、
まだほかにも何か入っているようです。

再びビニール袋に手を伸ばすと
中からペットボトルの暖かいお茶とリンゴがひとつ。

小箱に入ったチョコレートと
小さなパックに入ったイチゴショートケーキがひとつ。
数センチの赤と緑のローソクが2本。
そして最後に冷たい缶ビールが2缶出てきました。

「こんなにたくさん…」

ひとり呟きながら、テーブルの真ん中に巻き寿司を置き、
その周りに袋から出てきたものをすべて並べると、
小さなテーブルはいっぱいになりました。

「今井さん、ありがとう」

そう言って私は最初に缶ビールの蓋を開けました。

乾いた喉に冷たいビールは美味しかったけれど、
さすがに食欲はありませんでした。
缶ビールを片手に、何気なく赤いリンゴに眼をやると、
その表面に何やら油性マジックで

字が書いてあるのが見えました。

「何だろう…」

私はリンゴを手にとり、ゆっくりその文字をたどっていきました。

“メリークリスマス 山村さんに祝福を”

「ええ!これは今井さんからの
 クリスマスプレゼントだったのだ。それでケーキが…」

初めて気づき、私は慌てて2本のローソクをとって、
ガスコンロで火をつけ、
イチゴショートケーキの上に差し込みました。

そして、部屋の明かりを消し、
小さな電気スタンドに切り替えて、
ローソクの明かりが静かに揺らぐのを見つめました。

思いがけないクリスマスイブの贈り物…。

私はきょう、“失業”という
やはり思いがけないクリスマスプレゼントをもらいましたが、
しかし、そのすぐあとには、こんなにも
暖かい思いやりに満ちたプレゼントを手にしました。

それは、あたかも地獄の底に垂らされた
天国からの1本の糸を見るような思いでした。
きよし、この夜…。

ひとり口ずさみながら、背筋が寒くなるような
失業の痛みを感じつつ、テーブルの上の小さなケーキを、
赤いリンゴを、そしてゆらゆら揺れるローソクの明かりを
見つめていると、ふいに涙がこぼれました。

お腹は空いていないのに、なぜだか巻き寿司の折に手が伸びました。

メインディッシュの巻き寿司を口いっぱいに頬張ると
涙はいっそう溢れ、嬉しさと悲しさが交錯して、
どちらともつかぬ涙は、いつまで経っても
とまることはありませんでした。

昭和最後のクリスマスイブのことでした。

年が明けて…。

ささやかな希望と絶望は、
人の世の塵にまみれながら、さざ波のように行ったり来たり…。

それでも、生きようとするその命の確かさがある限り、
光は差すところには差してくれるようです。

赤い自転車が、その後の私の人生を大きく変えました。

そういえば、その自転車を譲ってくれたのも管理人さんでした。

人の情けが痛いほど身にしみる平成の幕明けです。
そして春に向け、小さな前カゴに
愛と勇気と気概をいっぱい乗せて、
赤い自転車はいよいよ本格的に走り出します…。

         平成22年12月 そして新しい希望の年へ




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山村洋子さんの好評著書
…………………………………………………………………………………………

『赤い自転車に乗って』(致知出版社刊)
⇒ http://shop.chichi.co.jp/item_detail.command?item_cd=794&category_cd=


致知出版社の「人間力メルマガ」より
http://archive.mag2.com/0000192277/index.html


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だれもが心に持っている愛や優しさ、想いやり、
あなたは、誰と分け合いたいと思いますか?


メリークリスマス!
このブログに訪れた皆さんが、
素敵な時間をすごされますように。

私が運営しているある掲示板に、

ある方が投稿されたものを読み、思ったことがありました。



それは、

「口に出せない苦しみや辛さ」


こういったものを、自分の心の中に抱えて、
苦しみ続けている人が、きっと多くいるんだ、

と、言うことです。



その投稿された方は、二年前からさまざまな事情で苦しみを抱えられていて、

今回初めて掲示板の場で吐き出されたのだそうです。


私はその投稿に対して、心からの気持ちを返信しました。




苦しみや辛さは、

勇気を出して口に出してみることで、

周りに少しでも伝わり、



理解してくれる人、共感してくれる人、
同情してくれる人、関心を持ってくれる人、
応援しようとしてくれる人、

……が集まってくるのかな?と思いました。



しかし、
勇気を出して、口に出して伝えてみたけれども、
思うように他人に理解してもらえなかった

と、いうことがたとえあったとしても、


まずは、自分自身に対して、
「自分はこんな風に思っていたんだな」
と、自分の状態を客観的にみることができて、
自分で自分のことを理解することができたことだけでも、
喜べるものだと思います。



自分で自分を理解する、第一歩は、

今の思いを書き出してみる

と、いうこと。


その上、周りから理解されれば、更にうれしい。





今、苦しみや辛さを心に抱えている方へ

思いを書き出すことに、
チャレンジしてみませんか?






こんにちは。やかたちあきです。

3月の一週間が終わりましたね。

この時期、昨年は個人的に希望にあふれた時期だったけれど、
今年は仲良くなった人たちとお別れすることのさびしさを
少しずつ感じています。


「一生の別れではないけれど、一生の別れとなるのだろうか」

淋しい気持ちを抱えきれない 今の私。

だから、リフレーミングをしてみるのです。


いつも“平常心”でいることの大切さを教えてくれた、あなた、

笑顔がもたらす なごやかさを教えてくれた、あなた、

あたたかい言葉を交わすよろこびを教えてくれた、あなた、

あなたのようになりたい、と思わせてくれた、あなた。


これから先、クレームに遭遇したとき、混乱に陥りそうになったとき、
あなたの行動が私の指針になるでしょう。

これから先、転換が必要になったとき、
あなたの笑顔が私の原動力になるでしょう。

これから先、嬉しい気持ちを伝えるのにとまどってしまったとき、
あなたのくれた言葉が私の背中を押してくれるでしょう。


あなたたちに会えて、よかった。
本当にありがとう。





今まで、許せなかった人たち。

上司、親、あの人、この人……



自分は彼らに何を期待していたのだろう?




彼らは自分と同じ人間であって、神ではない。

皆、人間なんだ。



もしかして、彼らが“万能”だと思ってでもいたの?




誰もが、「自分を成長させたい」と思っている“未熟な人間”なのに。

なぜ気づかなかった?



それは、

自分の劣等感が、相手を“万能”だと思いこませていたんだ。


「自分はまだできないけど、あの人は、できて当然だ」
「自分は完全じゃないけど、あの人は、完全にやれなければおかしい」
「自分はわからなくて当たり前だけど、あの人は、何でもわかっていなければならない」
「自分はできない、しかしあの人はできて当たりまえ……
「自分は……しかしあの人は……



でも、そんな完璧な人間ってやつは、
世界中どこを探してもいないってことに、
気がついたんだ。



だって、
私自身がそうであるように、
誰もが不完全な一人の人間なんだ。


誰もが不完全だからこそ、補い合って生きていくんだ。


そうやって生きていくんだよね。




自分は、彼らに何を期待していたのだろう?



役職だろうが、指導者だろうが、
親だろうが、どんな立場にいようが、


彼らは、自分と同じ、人間なんだ。

きっと彼らも、私と同じく「自分を成長させたい」と思っている、

一人の人間なのさ。


そう思うと、許せなかったあの人のことを、
少しだけ、許せたりしてね。



あなたは、いつも元気にみえる。

あなたは、いつも笑っている。



でも、人ってみんな、心のなかに、

悲しさや、

さみしさや、

苦しみや、

不安 なんかを 抱えている。



ねぇ、

がんばりすぎているのを ちょっとだけストップして、


心の中の

悲しみの荷物を

さみしさの荷物を

苦しさの荷物を

不安の荷物を いったんおろしてみようか。


そして、おろした荷物のひもをほどいて、中身を整理してみようか。

自分で整理できないときは、私にメールしてね。



休むことは、あなたが決めていいんじゃない?

ここで休んで、エネルギーを充電しようよ。



そしたらまた、動きだせるからさ。
あなたが そこに いること

見ていること 聞いていること

話していること 感じていること

それでいいんだよ。


それで、いいんだよ。
この二日間
海に行ってきました。車で10分のところ。

ほんの数十分の間でしたが、
そこで何をやってきたかというと。

腹の底から叫ぶ!

腹の底から歌う!



変人と思われないかな 

とか、不思議に思わなくて、

どんどん気持よくなっていくほどで。



私はブログで自分をさらけ出し、
子どもの前でも弱い自分をさらけ出しています。
実際夕べも、高一の娘に、
「おんどりゃぁーなにやっとんじゃぁーー」(-_-;)

……と、ちゃぶ台は返していませんが、
そんなことをしていると、

ふっと、気付きが。


今までかくそうとしていた弱い部分、
ここまでさらけ出しちゃったら、
もうあとは本気になるだけじゃん!

恥をかいてかきまくって、行くしかない!
鎧も兜も盾もグローブも脱いでしまえ!
紫外線対策の帽子は脱がないけど、

そのまんまの自分で、勝負だぁ!


本気になって、
めちゃめちゃやって、
汗をかきまくろう!




おぉぉぉ~
また、海に行きたくなったぜよ。
今日の朝日は特別綺麗だった。


今朝の私は、コーチングの練習をしながら、
この練習の出口、到達するところが
まだつかめなくて、トホホ……

そうそう、気分転換をしよう、と
おいしいコーヒーをいれて、たけのこの里をつまみながら、
メールチェックをしてみると。


このところ仕事が忙しくてハードだったせいか、
へろへろだ……
という弱気メールを送った仕事相手から、
昨日会社に返信がありました。

「ここまで仕事に没頭できる自分を
ほめてやりましょう」


ひょぉぉー
朝の4時半からしびれました!


で、Gメールをみてみると、
産業カウンセラーの仲間からメールが。

そこにもうれしい言葉があったりして。


ありがとう。
いっぺんに元気が戻ったよ!

昨日に続き、感動した人の二人目。
ドリカムのリーダーでベーシストの中村正人氏です。

ボーカルの吉田さんが、
昨年9月に内縁の夫である末田さんを病気で亡くしているんですが、
中村さんは、その悲しみの中にいる彼女を支えています。

ただ、彼らと彼らの音楽には、
私は今まで全くと言っていいほど興味がなかったんですよね。
それなのになぜ今ドリカム?
しかも感動させられたのが、
悲しみから復帰した吉田さんじゃなくて
中村さんっていうのは何なんでしょうか。


きっかけは、前回書いたポール・ポッツ氏です。
彼の映像のリンク先をたどっているうちに
ふと、ドリカムの映像をみつけ
(興味がないので、ドリカムだっていう意識も起きないはずだったし、
普段ならスルーのはずが)なぜかこの時、不思議と観てしまいました。

その映像が、チケット44万枚が発売と同時に即売されたという、
4年に1度のライブ「DREAMS COME TRUE WONDERLAND 2007」のものだったのです。
私は、屋外のライブのお祭のようなノリや、ディズニーランドのように
“みんな楽しもう!ひとり一人が主人公!”
みたいなノリが大好きなんですが、
このライブにそんな要素を感じ惹かれて観ていたんですね。
「ほ~ドリカムって結構エンターテイナーやなぁ~」なんて思いながら。
(この時点では吉田さんに夫がいたことなどもちろん知らなかった)

ところが、そのうちにひとつの事実が見えてきたのです。
それは、吉田さんの夫ががん闘病中で、
このライブの3日後に亡くなっていたということ。
失意の淵にいながらも、
3ヵ月後の12月には、彼女らはアルバムを出し、
ミュージックステーションのスーパーライブや
紅白歌合戦のステージに復帰したということ。

それを知って、
このライブの映像やメイキングの映像を繰り返し観ました。
「このとき彼らはどんな思いだったのだろう?
 こんな状況の中で、ファンのために、愛する人のために、
 愛情パワーを出し尽くす力強さがすごい!
 それってまさに苦悩と歓喜、
 プロフェッショナルってこういう人たちを言うんじゃないだろうか!
 この二人、素敵すぎる!」

全国ツアーとこの最終日を気丈に力強くつとめあげた吉田さんや、
彼女を支えてきた中村さんの姿に胸を打たれるんです。
感動の涙ぽろぽろ です。

さらに私は思いました。この感動は私にとっていったい何なんだろう?と。

すると、彼女を起点として自分の立ち位置に気づかいながら、
終始笑顔で吉田さんを見守り彼女のそばにいる中村さんが、
私の心の中でフォーカスされてきたんです。

今にも崩れそうな彼女を支えられるのは自分、
ドリカムを支えていられるのも自分、
(もちろん、吉田さんも一生懸命頑張っておられると思います)
そこにはとてつもない大きなプレッシャーがあったのではないかと思うのです。

すると、あぁ、中村さんって、“吉田さんあっての自分、自分あっての吉田さん”っていう
“自分と彼女の存在”を確かなものとしていて、
それでいて自分が果たす役割をしっかり見極めていて、
そういう意味で本当に肝の据わった人なんだ、と思えてきたんですよ。
本当にすごい人だ!

私も、中村さんみたいに、確固とした自分をもった自分になっていこうと思いました。
確固とした自分であれば、何も怖いものはないんじゃないかと思う。
気付かせてくれて、本当にありがとう。

これを機に中村さんの音楽も聞いてみようと思います。
(歌と作詞はやめた方がいいと吉田さんから言われたという、
中村さんの歌って、どんなのかな?)

最後に、吉田さんが一日も早く元気を取り戻されることと、
末田さんのご冥福をここで静かに祈っていたいと思います。



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