ちあきのあったかコミュニケーション

やかたちあきのブログ
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「子育てにおいては、子どもをほめてはいけない、
なぜなら、ほめられるときしか行動しなくなる、
ほめられることが行動の目的になってしまう」
というような意見をよく聞くのですが、
それは間違っていると私は思います。

問題は、ほめることではなくて、
ほめるときの、<ほめ方>なんです。

子どもがお手伝いをしてくれたことに対して
「ありがとう、こんなに重いものよく持ってくれたね、
すごいね、お母さん助かったよ」
とほめてあげるのに何も悪いことはないと思います。

子どもは、すごいって言われたいだけのために
重いものをもってくれたわけじゃないですね。
お母さんを助けたいから、あるいは、
自分の力でできることを見てもらいたくて、
子どもはわざわざ重いものを持ってくれるんですよね。
それに対して「すごいね」と言われれば
自分の力が強くなったことを認めてもらえたようで
嬉しいんじゃないでしょうか。
もちろん、ただ「すごいね」とだけではなく、
重いものを持ってくれたことに対しての承認、
喜びや感謝を同時に伝えればいいんです。

子どもが頑張っていることに対しても
「こんなにたくさんの宿題を頑張ってやっちゃって、
えらいよ、お母さんすごいなーって思ったよ」
って言ってあげますよね。

「えらいよ、すごいなー」と言われるから
子どもは頑張るわけではないと思います。
頑張ったことを自分で誇りに思うから
頑張るのだと思います。
それに対して「頑張ってやったんだね」ということを
しっかり承認したうえで
「おまえはえらいよ、すごいよ」と親に言われれば、
達成感もひとしおではないでしょうか。

ただ理由もなく「すごいよ」「えらいよ」と、
ほめるのはよくないと思います。
でもそこに、重いものを持ってくれた驚き・喜び・感謝や、
たくさんの宿題をがんばってやれた努力への承認をしたうえで、
どんどんほめてあげましょう、と私は思います。


子ども以外でも、
たとえば同僚が何かを成し遂げた時に、
「○○ができたんだね、えらいね」なんてほめ言葉は、
関係性に対してそぐわないし、
なんだかとんちんかんな感じがしますよね。
「○○ができたんだね、やったね」だと、
達成した喜びを共感しているようなうれしい感じが伝わってきます。

ほめるときには、ただほめ言葉を言うのではなくて、
承認・共感・感謝を付け加えることと、
時と場合と相手に合わせてほめ方を使いわけることが必要なのだと思うのです。
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こんにちは。やかたちあきです。

私は、カウンセラーとしての心構えをもって人に関わることは
今まで多くありましたが、

これからお仕事としてカウンセリングを行うにあたって、
クライエント第一号がこどもだとお知らせしたところです。


この子(Bちゃん)とは初見ではなかったので、
「久しぶりだね、覚えてる?」
「うん」

などと会話をしながら、私はBちゃんの隣に座りました。




事前の情報では、“とても困った子”という話です。

確かに、かなり前にあったときにも、
ちょっと周りの大人を手こずらせるようなことが
あったのを記憶していましたが、

あれから年単位で時間もたっているし、
さて、どれだけ困ったちゃんになったっていうんだろう?と覚悟を決めて
私は会いに行ったわけです。



それが、隣に座って、静かな落ち着いた声で、
Bちゃんが今やっていることを
「これはどうやってやるの?」
と、関心をもって尋ねてみると、

「あのね、これはね、こうやって、こうやって……やるの」

と、目を輝かせて教えてくれるんです。


「へぇ~やってみせてくれる?」
「うん」


そうして、すごく集中して、
最後までやろうとするんです。


でも、そのときも、途中で周りの大人が、
「いくらいってもちゃんとやらないんだから、
だめなんだよ」
と、この期に及んでダメ出しします。


するとBちゃんは、無言になるんです。


いま、ここに、こんなにBちゃんが一生懸命に
やろうとしているのが、見えないんですか?


お願い、見てやってください。


そんなふうに心の中で強く祈りながら、

私はBちゃんのそばで、

「うん、そう、すごいね、そう」

と、相槌をうちながら、寄り添います。



ちゃんとやらないんだから!
と、ダメ出しされたことだって、
よく確認してみたら、
Bちゃんは、そのやり方を知らなかった(忘れていた)
だけのことだったんです。


でなければ、

「ここは、こういうふうにやるんだよ」
と、私が教えたときに、

あんなに素直な声で
「えぇ~そうなの?」
と、言うわけがありません。


寄り添い、励まし、できたことをしっかり承認することで、
Bちゃんは笑顔でいっぱいになりました。

私がいる間、
問題行動など、ひとつもおきませんでした。



私は心から思いました。

『悪いのは子どもではない』



これからは、周りの大人へのフィードバック、

それから、

Bちゃんへの最大の承認をし続けて、
くじかれた勇気を取り戻せるよう
支援することが、

私の務めとなります。










我が家は、子どものおこづかいに関してちょっとしたルールを設けています。
(子どもは高2のるなちゃんと小5のぽこすけ)

1.おこづかいをもらったら、自分の使いたいように使う。

2.使いみちはおこづかい帳に記録する。

3.おこづかいの日には、一ヶ月間のおこづかいの使いみちの記録を見せる。
  (見せなければその月のおこづかいはもらえない)



そうは決めても、そこは子どもです。
順調にいくときもいかないときもあります。


このところ趣味に没頭しすぎていて、学校生活と家の生活とのバランスが乱れていた
高2の娘るなちゃん。
おこづかい帳もさぼっていたので、
ルールにしたがい、6月分のこづかいはもらいませんでした。


部屋からたまにこんな声がきこえてもいました。
「もうすぐおこづかい(の日)なのに、こづかい帳つけてない!あ゛~~~!」


学校生活と家の生活とのバランスっていうのは、
学校と言えば、友達関係と学業、
家と言えば、手伝いや自分の身の回りのこと、

彼女の趣味に使う労力が大きすぎて、
学校も家もおろそかになっていたのです。

そこを私は娘に指摘してきたんですよね。
部屋が散らかっていたら……気持ちが落ち着きません。
洗濯物がたまっていれば……不快な気持ちになります。
睡眠不足が続けば……眠くて授業どころではありません。
だから、試験の結果が芳しくないのでは?
その他もろもろ……

これって自分で作り出している現実なんだから、
変えたいと思うなら、行動を起こすことだよ。と。


おこづかい帳のことも気になりながら、
そんな毎日を過ごしていました。



ある日、私の妹が子どもたちを食事に連れて行ってくれました。

帰ってきたるなちゃんは、
「おばちゃんに勉強のこととか言われた……」
「ぽこすけはお金の使い方がダメだって言われた……」
(説教された?)
といって、元気なくダイニングテーブルにつきました。


楽しい食事のはずが、説教かぁ。


そしたら、るなちゃん、
「なんで、こづかい帳なんてつけないといけないの??
自分で好きなように使っていいなら、書いても意味無いしょ!」
と私に疑問をぶつけてきたのです。



私は、お金をコントロールできないことは、
人生の大問題だと思っていますから、
私は気合いを入れて話しはじめました。

============================================================

世の中で、どろぼう、ひったくり、盗みをする人は、
悪いことと知りながらどうしてそんなことをすると思う?

自分で自分のお金をコントロールできないからだよ。

“今ある分、これだけで一ヶ月の生活をするんだ、と決めて、
今月10万円収入があったら、
家賃にこれだけ、光熱費にこれだけ、食費にこれだけかかるから、
その分は確保しておこう、残った分で遊んだりしよう。
残った分がないなら、遊ぶのを我慢しよう”

そういう考え方のもとに、お金を使うことができないから、
無駄遣いしたり、衝動で遊んだりして、
使えるお金がなくなっちゃって、
返すあてもないのに人からお金を借りたり、サラ金からお金を借りたりする。

借りたお金を返しながらも、
無駄遣いの体質が変わらなければ、だんだんそれで、生活ができなくなっちゃったりする。
すると、
どろぼうすることを考える。
ひったくりすることを考える。
盗むことを考える。

そういう悪いことができない人は、自殺したりする。
自分で借金を処理できない、と思いこんで。

そういう人は、世の中にいっぱいいるんだ。
お金のために死んだり、お金のために殺したり。

極端な例だと思うかもしれないけど、
毎日ニュースで殺人とか自殺とかあるでしょう。
多いでしょう。


お母さんは、
るなとぽこには、そんな人生をおくってほしくないんだ。
だから、こづかい帳をつけて、自分のお金の管理をしっかりとできる人に
なってもらいたいんだ。

毎月、自分がどんなことにいくら使った、ということを、
自分でわかっていれば、
じゃぁ来月はこんな使い方をしよう、と改善できる。

そう思っているからだよ。
だから、こづかい帳は自分のお金の使い方を振り返るために、
とても大事なものだと思うんだよ。

============================================================

娘は、ボロボロ涙をこぼしながら、
「うん、わかった、これからはちゃんとつけるようにする、
レシートだって本当は全部とってあるんだ、
でも、面倒だった、
なんでこんなことしなきゃならないのか、って思ってたから、
でも、これからはちゃんとつけるようにする」
……と言ってくれました。

心からの言葉だと思いました。




これは何のためにやっていることか、と
子どもに教えることを、もっと強く意識して行こうと
思った出来事でした。

冬休みも終わって学校が始まり、
やれやれやっと静かな日々を取り戻した~とホッとしていたある日、
学校から帰ってきた息子ぽこちゃんが言いました。

「あさって使うから、体育帽ちょうだい」

私「えー(なにを唐突に)、体育帽?そもそも2学期の終わりに持って帰ってきてたっけ?
洗たくかごにも入ってなかったし、お母さん知らんよぉ」

ぽこちゃん「お母さんが『ゴム付け替える』っていって受け取った」

私「いや、知らん。部屋のどこかにまぎれてるんじゃないの?押し入れの中とか見てみたら?」


こんなやり取りの後、ぽこちゃんは何度も洗濯かごをひっくり返してみたり、
自分の部屋を見回したりしましたが、体育帽は見つかりません。


ぽこ「どうしよう。あさって使うのに」

私「ゴミに出したわけじゃないんだから、部屋のどこかにあるでしょ、探したら絶対出てくるって」


私は(またいつもみたいにどこからか出てきて「探したらあったー」って
言ってくるだろう)と思いました。しかもそんな会話をしたことも忘れて、
数日後に迫る産業カウンセラー学科試験の勉強に没頭していました。


しばらくして、コーヒーをいれに台所に向かう時、
ぽこちゃんの部屋のただならない状況に私は思わず足を止めました。

見るも床いっぱいに物・物・物(私にしてみれば、
ぜひゴミ箱に入れていただきたいと思うもの)で埋め尽くされていたのです。

私は一瞬言葉が出ませんでした。


私「どうしたのこれ」

ぽこ「体育帽探してるの」

私「だからって、どこからこんなたくさんの物(ゴミに見える)でてくるの」

ぽこ「押し入れのものを全部出した」

私「…………」



私「前に『部屋きれいにした』って喜んでたけど、ただ押入れに詰め込んだだけだったのかい」

ぽこ「…………」


ああ、気まずい雰囲気が。
(今部屋のことを言っちゃうと、体育帽が見つからないのと部屋を散らかしたことで、
泣き面に蜂)と思った私は言いました。

「まぁ、すみずみまで探してみなよ、きっと見つかるよ」(成長したなぁ~私)


叱られると思ったのか、ぽこちゃんは「うん!」と安心したようで、
またたくさんの物をガサゴソとひっくり返したり退けたり始めました。


でも、夜まで探しても体育帽は見つからなくて、
片付けようにも何から手をつければいいか分からない状態。
翌朝あらためて部屋を見たぽこちゃんは、ため息をついて学校に行きました。

帰ってきてからも、足の踏み場がない床、体育帽は見つからないし、どんより気分だったみたい。




見かねた姉のるなちゃんは、「これ使ったら?」と、
自分がかつて使っていた体育帽を出してきてくれました。

ぽこちゃんはいったん受け取りましたが、体育のある当日、持っていかなかったんです。


帰宅したぽこちゃんに私は聞きました。
「どうして借りた体育帽持っていかなかったの?」

ぽこ「だって自分のじゃないといやなんだもん」

私「そうだったの、じゃ、やっぱりみつけないとね」

ぽこ「うん」


それからの毎日が、大変。

片付けなくちゃ。  でも遊びたい。  しかも体育帽もなくて困るし。
散らかってる部屋はみたくないし。

ぽこちゃんの現実からの逃避・葛藤が続きます。
自分の試験のことで頭がいっぱいだった母からは
「片付け終えてから遊びなさい」と小言を毎日言われるし。

ぽこちゃん、だんだん元気が出なくなってきちゃった。





そんなある日、ぽこちゃんが、寝室のたんすと壁の隙間から自分の体育帽を見つけたんです。

「お母さん!お母さん!体育帽あったよ!やっぱりここにあったよ!」

私「えー?なんでそこに? そうか、ゴム紐つけるって言って裁縫箱の上に置いたのが、
たんすの隙間に落ちちゃったんだね、ぽこちゃん、ごめん!!」

その言葉を聞いたぽこちゃん、泣き出しちゃった。





私「ごめんよ、お母さんが自分で受け取ったくせに忘れてたんだね」

ぽこ「……そうだよ、僕はちゃんとお母さんに渡したのに、お母さんはもらってないっていうから、
部屋中探してぐちゃぐちゃになったんだよ、だから片付けるのもいやだったんだよ」




私「本当にそうだね、お母さんが受け取ったこと忘れているくせに、
ぽこちゃんに『探しなさい』って言って、ぽこちゃんは部屋のものを全部出して探してみたけど、
やっぱり見つからなくて、それで毎日『片付けなさい』って言われていやだったよね、
ぽこちゃんは悪くなかったのにね、お母さんが覚えてさえいれば、
きれいに整頓されていた部屋を散らかすこともなかったのにね。本当にごめんね」


ぽこ ……涙……





何かに没頭していて、家族のことをおろそかにしてしまうことって、今迄にもありました。
でも今回は、なんだか大きな問題だったなぁ、と振り返った私でした。


わが子よ、母を許しておくれ。
昨日、私の先輩「T先生」が経営する学習塾に顔を出してみました。
3年ぶりくらいですかねぇ。

ここは、実はとてもなじみのある教室なんです。
4年前まで私も別の地域で同系列の塾をやっていまして、
T先生が入院されたときにピンチヒッターでお手伝いさせてもらったり、
それ以外にもアシスタントさせてもらっていたからです。


塾って、普段は学校が終わって放課後の時間帯。
だから疲れた様子の子供もいるのですが、
今日は冬休みですから、朝からみんな元気にやってきます。
(疲れるのは、大人も子供も同じですね)

「先生こんにちは!」
子どもたちが元気に教室にやってくるその様子を眺めていると、
胸がとってもあったかくなってきます。
その時点で「今日は来てよかったなぁ」と思ってしまいます。

子どもは一人ひとり個性があります。
たとえば、わからないところに差し掛かった時。
ただひたすら黙々と教材に取り組む子、
集中力が切れて鉛筆や消しゴムで遊びだす子、
騒いだり、ほかの子にちょっかいをかけ始める子、
エトセトラエトセトラ……

「わかんないわかんない~わかんないったらわかんない!」
と、駄々をこねはじめたAちゃん。
(まるで教えてくれるのを待っている?)

私はそばに行って、小声で、
「ここにヒントがあるヨ」と言って問題文を指さしてみせました。

Aちゃんはその部分を読んで、「あっ、そうか!」
得意そうに答えを自力で書きました。


またしばらくすると、「あーわかんないわかんない」

私「Aちゃんは答えをどう書いたの?」
Aちゃん「○○○だよ、なんで違うの?」

「ここに何て書いてあるかな、確かめてみてごらん」と
問題文を読ませました。

しばらくして、
私「どうだった?」
Aちゃん「わかった」



またしばらくすると、「わかんな~い」
私「どこを読めばわかりそうかな?」
Aちゃん「あっ、こっちに書いてあるんだった!」


Aちゃんは、課題文(どうすればいいか)を読み取ることが、
まだ身についていないだけなんですね。
できない子どもというレッテルを張るのは簡単ですが、
この子が自分の力で問題を解くには、何が不足しているのか、
それを見極めて、自発的に取り組めるように導くのが私たち指導者の役目。
次回も、その次の学習日にも、根気よく課題を読む練習を
してもらいたいと思っています。


自分のやるべきことがわからない、という大人は多いと思いますが、
子どものうちから、課題文をしっかり読み取る訓練をしていけば、
きっと、問題にぶつかっても自力で解決できる自信を養えるはずです。


そんなことを考えながら、帰途につきました。


でもやっぱり、こどもの純真さには感動させられます。
次回も楽しみです。
昨日はPTA送別会でした。

一年間、学年部長として仕事させてもらったので、
今年は私が送られる側。

わが子のことを最優先にして、
会社の仕事や、その他地域の関わりともバランスよく
こなしてきたつもり、だから、いい思い出ばかり。
忙しい一年だったけど、得たものは大きい。
それは、人と関わることの喜びを更に感じたこと。
思いを共有することの喜び、っていうかね。
だから、
部員の皆さんとの交流は、本当に楽しかったぁー。
あったかい仲間に感謝の一年でした。
送別会では、そんな思いをみんなとわかちあいたいな♪

などと思いながら仕事を片づけていると、
ギリギリになって突発が入り、
なんだかんだで遅刻して会場に到着することに。

転任される先生・他に退任する役員の挨拶も一通りすんで、
乾杯も終わり、さぁ食べるぞ――ってなところですよ。

たった一人注目され挨拶。
ビールをおあずけされた皆さんに悪いなぁと思いつつ、
べらべらしゃべって、花束をいただいて、やっと着席。


運よく担任のH先生の隣に座らせてもらえたので、
教師としての話を伺いたく、話し始めるとすぐに、
「せんせ~い、おせわになりましたぁ~!」と
うちらの間を割って、
他の保護者や後輩の先生がH先生にお酌にくる。


ありがとうございましたぁ~
お疲れ様でしたぁ~
やんややんやぁ~


それを3~4回くりかえすとね、
いい加減私もどうでもよくなっちゃって、
結局、反対側の同じ学年の母さん方と盛り上がってた。


そこにいたある母さんが言ってたこと。
「女の子はね、勉強しなくても、人を見る眼だけ育てればいいのよ、
男を選ぶ眼がしっかりしてないとね」
“勉強しなくても”ってところは抜きにして、
人を見る眼ってのは、ポイントかなーと思った。

私の解釈だと、
この 人を見る、ってのは、人を育てる、ってことに
通じるかなーと思った。

たとえばAさん。
私に対するAさんの姿と、他人に対するAさんの姿って
ちょっと違うと思うんだ。
私も、Aさんの人柄や性質に合わせようとするし。
BさんにはBさんへの対応、ってあるし。
まじめな人にはまじめな話題、冗談好きなら冗談かえしたり。
みんな人に合わせようと、するよね。

とすると、Aさんの態度は私に合わせた私に対しての態度なんだから、
私の対応次第で相手の対応は変わるんじゃないかと思うんだ。
こっちの出方次第で、会話(理解しあうこと)が盛り上がるか、下がっていくか。

これを簡潔にいうにはどんな言葉を使えばいいか分からないけど。
(だから子どもたちに「お母さんは、話が長い」と言われる)


やっぱりそれは、人とかかわって感覚を磨くこともありだけど、
相手の呼吸に合わせる、って技術が必要なんじゃないかーと
思ったりしたわけ。



「ねーあのさあのさ!」←テンション高い
「何何何!?」←ノリで返す


「あのね……昨日ね……」←ちょっとうかない感じ
「ん?どうしたの……?」←ペースを合わせてちょっと静かめに


この送別会の席で得たものは、
人との会話で大事なのは、呼吸を合わせること。


二次会へは行かなかったけどね、
みなさんと一緒に過ごした時間は、私にとって充実していて、
とてもよい一年間でした。
ありがとうございましたぁ~。


さっ、ここからはコーチ&カウンセラー業に専念するぞぉ!


送別会

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私「中臣鎌足でた?」
るな「あーそれ系ぜんぜんでなかった!」

いいんです。
今、入学試験と個人面接を終えて超~リラックスしながら
答え合わせをしている るなを横に、
ブログ書き込みしています。


地域の新聞に掲載された公立高入試の解答、
苦手だと言っていた社会を一番先に見ているのは、なんでかな?
なんて思いつつチラ見していると、
るな「あっ!すごい!わからなくて勘で書いたのに当たってる~~~!」

って喜ぶツボが違いますから。


大丈夫かいっ!と思ったけど、
結構真剣に見ていた様子。

「ふぅっ」……小さな溜息が聞こえた。


いつも自信があると言っている国語の部分を、
何度も何度も見返してる。
小さな声で「うわっ……」


全部確認終わってから、聞いてみました。
「どうだった?」
「うーん。聞かないない方がいいかもよ(笑)」


そうだ、聞かないでおこ!
だって終わったことだもん。
結果は17日にわかるけど、
その後の行動はその時にしか選べないんだ。

それより、あなたは今、次に何をしたい?
それをはっきりさせて、そこに向かっていこう!
きっとそれが、今のベストな選択だ!


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今、会社の昼休み時間にこれを書いています。
今日は、中3るなの高校入学試験の日です。

今から二週間くらい前に、ふと るながいいました。
「なかとみのかまたり、ってなんだっけ?」
私「さーなんだっけねぇ~調べてみなよ」


そして昨日、このやりとりを思い出した私は、言いました。
「るな、なかとみのかまたり、って何だった?」
ところがるなったら「あっ忘れてた、まだ調べてなかった!」
私……内心(ねーさんねーさん、もう入試一日前だっていうのに頼むよ!)
それからすぐ部屋に戻り、調べ、報告してくれました。
るな「あのね、中臣鎌足ってのは、中大兄皇子と一緒に大化の改新をやった人だったわ」
私「あーそうか、わかってよかったね」


それでもって今朝、隣の部屋で出掛ける準備をしていた娘に、私は再度きいてみました。
「中臣鎌足って、何の人だっけ~?」
るな「えーっと、中大兄皇子と一緒に大化の改新をやった人!」
私ここでつっこみ「大化の改新って何?」
るな「えーっと、政治改革みたいなもの!」
私「そうそう、で、それっていつの話?」
るな「えー。いつかなぁ~。なんか最初の頃だったと思うけど~」
私「なんじゃそれ、最初の頃って、いつや?」
るな「ん~~~~」
私「まさか縄文時代とかじゃないでしょうが」
るな「ん~~~~」
私「飛鳥とかその辺でしょう」
るな「あーそれでいいわ、飛鳥ってことにしとくわ!
じゃー行ってきまーす!!」
………バタン!………ドアの音。


すっごく余裕?


昨日も早々と布団に入っていた。
で、一昨日は、
「あー眠い、眠いわー、よし、もう寝よう、で、23時におきて勉強するわ、ねっお母さん」と言って20時頃布団に入った彼女。結局一回も起きて来ず、朝まで熟睡していたようですが。


今頃午後の試験が始まったかな?


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父は忘れる  リヴィングストン・ラーネッド

 坊や、きいておくれ。お前は小さな手に頬をのせ、汗ばんだ額に金髪の巻き毛をくっつけて、安らかに眠っているね。お父さんは、ひとりで、こっそりお前の部屋にやってきた。今しがたまで、お父さんは書斎で新聞を読んでいたが、急に、息苦しい悔恨の念にせまられた。罪の意識にさいなまれてお前のそばへやってきたのだ。


 お父さんは考えた。これまでわたしはお前にずいぶんつらく当たっていたのだ。お前が学校へ行く支度をしている最中に、タオルで顔をちょっとなでただけだといって、叱った。靴を磨かないからといって、叱りつけた。また、持ち物を床の上に放り投げたといっては、どなりつけた。


 今朝も食事中に小言を言った。食物をこぼすとか、丸呑みにするとか、テーブルに肘をつくとか、パンにバターをつけすぎるとかいって、叱りつけた。それから、お前は遊びに出かけるし、お父さんは停車場へ行くので、一緒に家を出たが、別れるとき、おまえは振り返って手を振りながら、「お父さん、行っていらっしゃい!」といった。すると、お父さんは、顔をしかめて、「胸を張りなさい!」といった。


 同じようなことがまた夕方に繰り返された。わたしは帰ってくると、お前は地面に膝をついて、ビー玉で遊んでいた。長靴下は膝のところが穴だらけになっていた。お父さんはお前を家へ追いかえし、友達の前で恥をかかせた。「靴下は高いのだ。お前が自分で金をもうけて買うんだったら、もっと大切にするはずだ!」――これが、お父さんの口から出た言葉だから、われながら情けない!


 それから夜になってお父さんが書斎で新聞を読んでいる時、お前は、悲しげな目つきをして、おずおずと部屋に入って来たね。うるさそうにわたしが目をあげると、お前は、入口のところで、ためらった。「何の用だ」とわたしがどなると、お前は何もいわずに、さっとわたしのそばに駆け寄ってきた。両の手をわたしの首に巻きつけて、わたしに接吻した。お前の小さな両腕には、神さまがうえつけてくださった愛情がこもっていた。どんなにないがしろにされても、決して枯れることのない愛情だ。やがて、お前は、ばたばたと足音をたてて、二階の部屋へ行ってしまった。


 ところが、坊や、そのすぐ後で、お父さんは突然何ともいえない不安におそわれ、手にしていた新聞を思わず取り落としたのだ。何という習慣に、お父さんは、取りつかれていたのだろう!叱ってばかりいる習慣――まだほんの子供にすぎないお前に、お父さんは何ということをしてきたのだろう!決してお前を愛していないわけではない。お父さんは、まだ年端もゆかないお前に、無理なことを期待しすぎていたのだ。お前を大人と同列に考えていたのだ。


 お前の中には、善良な、立派な、真実なものがいっぱいある。お前の優しい心根は、ちょうど、山の向こうからひろがってくるあけぼのを見るようだ。お前がこのお父さんにとびつき、お休みの接吻をした時、そのことが、お父さんにははっきりわかった。ほかのことは問題ではない。お父さんは、お前に詫びたくて、こうしてひざまずいているのだ。


 お父さんとしては、これが、せめてものつぐないだ。昼間こういうことを話しても、お前にはわかるまい。だが、明日からは、きっと、よいお父さんになってみせる。お前と仲よしになって、一緒に喜んだり悲しんだりしよう。小言を言いたくなったら舌をかもう。そして、お前がまだ子供だということを常に忘れないようにしよう。


 お父さんはお前を一人前の人間と見なしていたようだ。こうして、あどけない寝顔を見ていると、やはりお前はまだ赤ちゃんだ。昨日も、お母さんに抱っこされて、肩にもたれかかっていたではないか。お父さんの注文が多すぎたのだ。

久しぶりに読み返した本 『人を動かす』 D・カーネギー より
抜粋しました。


今これからすぐ子どもを抱きしめてきます。




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その日の夜、我が家にとって
すごいことが起こりました。

16日の投稿のように、
部屋の中を整頓した小3のぽこちゃん。
私は思わず聞いたのです。
「ぽこって、こんなに片づけができるんだねぇ。
自分ではどう思っていた?」

するとぽこちゃん、
「んー僕できないと思ってた」

(思い込みって怖いですよね、
自分はこういう人間だ、って決めつけて、
自ら行動を制限するのってこういうことかとその時思いました)


「今日は、こんなにたくさんの片づけを、
自分の力だけで、やれたんだね。
だから、ぽこは片づけができる子だよ。

片付けていないものに、ふと気がついたら、
そのときすぐに、元あった場所にしまうとね、
それで、一つできたってことになるよ」

と、話しているそばから、
「あっ、これもしまって来ようっと」と
ゲームの取説か何かをタタタッと
片付けてきた息子。

私 「わぁっすごい!もうやれちゃったねぇ!
ぽこは、お母さんに言われなくても片付けられるんだって、
お母さんもこれで良くわかったわ」

ぽこちゃん、言葉にしないけど、
満足げな表情です。

それからがすごいんです。
あれも、これも、
チョコレートの包んでいた紙やら、
消しゴムやら、何やら・・
小さなもの10個くらい、
自分で素早く片付けてしまった。

あっ、我が家の散らかっていたことがバレちゃいましたか!(笑)

「できるね、すごいねぇ!」
「よっしゃぁ!僕もう10個やったよ!」


そんなこんなで、
この夜はとても良い気持ちで、
親子一緒に布団に入りました。


次の朝、月曜日、です。
ぽこちゃん何気に早く起きてきて、
「おっはよー!」
いつも以上に元気な声です。
そして、ちゃっちゃと準備を済ませました。

私 「なんだか、今朝は余裕だねぇ~
ゆったりしていて、いいねぇ~」
すると彼はうれしそうに、
「今日は40分に家を出るんだぁ~」にこにこ。

どうも普段より10分くらい早く家をでるのだそうで、
理由は、近所のクラスメートもそのくらいだからと。
行ってきます、の声もいつもより大きかったなぁ。


会社の仕事が終わり帰宅すると、
なんと一人で留守番していたぽこちゃんが、
朝の食器の残りをきれいに洗って、拭いて、
食器棚にしまってくれていたではないですか!

おぉーーーーーー!
もうっ、嬉しすぎて言葉にできませんったら!

「お母さんお帰り!
あのね、僕今日、お皿洗って、拭いてしまっておいたよ!」

「わぁーーーー!うっれしぃーー!
あーりーがーとー!」
思わず抱きしめちゃいました。


夕食の会話では、
朝、家を早く出たおかげで、
学級では一番に到着したといって、うれしそうでした。
普段めちゃくちゃはやく来るS君もまだ来ていなかったって。


私は、この二日間のこと、
本当に本当に嬉しいです。

子を信じる気持ちは、
ちゃんとわが子に伝わるのだと、思いました。


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